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ラ・フォルジュルネ by Yasman
2012年5月12日, 11:09 AM
Filed under: yasman

毎年恒例のラ・フォルジュルネに行ってきた。 

去年は震災があり中止されたので、2年ぶりの開催になった。

テーマはロシア。 いいところをはめてくる。 


チャイコフスキーはみんな好きだし。ストラビンスキーや

プロトエコフ、ラフマニノフ、ショスターコビッチといった

僕の好きな作曲家ばかりではないか。


こんなテーマを持ってくるなんて「憎い」と思ったが、

プログラムの内容を見てびっくり。コア過ぎる。

できればもっとわかりやすいものにして欲しかった。 


ラフマニノフのピアノ4番...、んーと、思い出せない。

とにかく行きたいものは行けるだけ行こうと3日間、時間の

許す限り足を運んだ。


そこには明と暗というか、なんと表現したらよいのかわから

ないけど、すっきりしない部分と、素晴らしいの一言が交差

した。 


公式発表で3日間を通じて47万人の来場があったらしい。 

47万人がどこをどう数えたのか分からないが、僕にはそう

写らなかった。

 

1日目の最終公演のチャイコのピアノ2番ではほとんど人が

入らず、空席だらけだった。昼間の公演はそれなりに埋まって

いるようだったが、それでもSOLD OUTにならなかった公演が

あるようだった。 


これにはほんとに驚いた。会場には、今まで見たことのない

個人基金の受付もあった。クラシックでさえこれだけ音楽離れ

しているのかと思った。


公演の1つで隣の年配の方が「これはひどいな、こんなので

演奏するのか」と、隣の娘さんだと思う人に話をしていた。

「やっぱり高いんだよな。50分で3000円だろ。普通は

7000円で120分の定期公演にいけるからな。」と言われ

ていた。 


僕は、3000円で生のクラシックがダイナミックに聴ける

ので安いと思うが、そうでない人もいるのだなと思った。 

そこで、もはや人と音楽の関わり方が変わったのではない

だろうかと感じた。


この5000人入るホールにいる1000人程度の人は古い

人達で、「今も昔と変わらず音楽に接している人なんだな」

と思った。 僕もその中の一人なので、新しい接し方がどんな

ものか分かりもしない。 


そう思って、最終日の最終公演を迎えた。チケットはSOLD OUT

プログラムは、ラフマニノフのピアノ2番。これは一昨年の

シューベルトイヤーでもトリの公演だった。それは素晴らしい演奏で、

その会場を魅了した。


そのとき、何故シューベルトイヤーにラフマニノフがトリ?と

いろいろ考えたが、丁度のだめがブームだったのでそれの影響

だろうと思った。とにかくその公演がもう一度見れるのだから、

うれしいだらけだ。


たぶん僕と同じような人がたくさんいたのかもしれない。

それがSOLD OUTということに繋がるのであれば、

「ちゃんとした告知」や「楽曲の見せ方や聞かせかた」で随分、

コンシューマーの受け取り方は変わってくるだろうなと思った。


きっちり発信し、コミュニケートをとることで結果は変わった

だろう。クラシックのイベントが変わらないといけないのか、

「それって不変であってもおかしくないものじゃないか」という

考えが今の現状をもたらしているのかもしれないと考えている

うちに「イタリア奇想曲」が始まった。 


そして最後は見たこともない、5000人のスタンディング

オベーションで幕を閉じた。こんなことがあるのかと目を

疑ったが、その場にいられたことの幸せと最高のパフォーマンス

を見ることができた興奮を感じた。 


この場にいる人達は音楽を楽しんでいる。けっして人が音楽離れを

しているわけではない。ならば、何故大量の空席ができるのだろうか。 

目を瞑らないで考えたい。


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