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ミュージック・グローバリゼーション by Yasman
2009年2月5日, 6:23 PM
Filed under: yasman

 最近、この言葉を意識して仕事をしている。どういったことかというと
今やCD単体の商品価値が以前より無くなってしまい、音楽全体枠の一つ
になったと強く意識している。「そんなの以前からそうじゃないのか?」
と言われてしまうかもしれないが、それとは少し違っている。

文書だけで説明するのが難しいので、このコラム向きなのかどうか分から
ないけど、文書に残すことがすごく大切に思えるので書いてみたいと思う。

以前はマスタリングをしていて、「これかっこいいな」と思うと「売れる」
と思えた。いまはそう思っても「絶対に売れる」ことがない。どうしてか
というと横との関連性が増したからだ。もう以前のようにCD単体で走り
出すようなことはないのだ。

レコードがCDになり、レコードのようにCDを位置づけて市場を見てき
た僕たちはインターネットという形のない情報のグローバル化と共に、形
のある商品のグローバル化へと大きな変革を迎えている。

僕が尊敬する某レコード会社の社長さんが言った、「CDはもはや宣材。」
というのもそういうことだろうと思う。

レコードからCDになり「音を楽しむ」ということを失ってしまった僕た
ちは、それに気づきながらも(ひょっとしたら気づかずに)利便性を追求
するばかりに音楽をデーター化して配信することしてしまい、音楽の「音
を楽しむ」を全く失い、メロディーラインと歌詞に音楽を頼るようになっ
てしまった。 

しかしメロディーラインと歌詞を持たない、音でストーリーを表現しなけ
ればいけないJAZZやクラシックは衰退の一方をたどっている。 
そしてオーディエンスはそんなことを理解せず、感じとるだけで音が楽し
いライブに足を運ぶ。 

だから誰が演奏するのか分からないチケットが完売したりしている。そりゃ
そうだ。そこには配信では絶対に手に入れることができない音が楽しいが
あるからだ。 

だから僕は一昨年よりも昨年のほうがライブに行った回数が多い。いまや
「前田くん、どこにでもいるね。」と言われている。それぐらいライブで
感じて、「それを」CDに反映させないといけないと思っているし、CD
で反映されたものはライブ(TVを含めたパフォーマンス)で生かされな
いといけないと思っている。

そこに配信や映像、紙面やTVなどのメディアが絡んで、音楽というメディ
アが価値をなすようになってきた。僕はこれを「ミュージック・グローバ
リゼーション」と位置づけている。

ではどうやっていけばよいのか?僕は「一つ一つ丁寧に仕上げていくしか
ない」と思っている。丁度、目隠しをしてものを探すように丁寧に。 

アーティストの作品として全体につながりやすい媒体を作り、それがつな
がっているのか確認して、つながっていなければつながるように努力する
ことをしないといけないだろうと思っている。 

もし制作に携わる一人一人に意識がつながり、形あるもののグローバル化
ができれば、結果はオーディエンスを響かすことになると思う。

この間、COLD PLAYのライブに行った。「VIVA LA VID
A」が発売されてから、今回のツアーは4公演見た。「VIVA LA 
VIDA」が出たとき、全くその方向性を理解できなかった。

どう聞いても前回やグラミーを取った前々作のほうが良かったと思った。
でも今年のサマーソニックで今回のツアーライブを見たとき、アルバムは
こういうことかと思った。 

イーノは天才だと思った。ライブがアルバムの1曲目の「Life In Technicolor」
で始まったとき、アルバムとのグローバル性を感じた。そして毎回見る度
に、その感覚を感じてしまう。 

今回の日本公演は、最後がEPの1曲目の「Life In 
TechnicolorII」だった。そこにもEPとのつながりを深く
感じてしまった。

まるでライブとCDがe‐mailでも送りあってるのではないかと思っ
てしまう。

そして最近、「スプリングスティーン」の新譜を買った。でもCDを聞い
てがっかりしてしまった。「興奮」できないのだ。BOSSなのに。ブレ
ンダンなのに。

やっぱりライブにいかなければいけないのか、と思った。
なぜか今回の新譜はアナログも発売されていて、「MP3ダウンロードK
EY付き」となっていた。

最近のアナログはデジタルから切っているので、たいして良くない。今回
はBOSSなので購入してみた、でかいジャケが欲しかったから。

そしてMP3が付いている意気込みを少し感じて、若干期待してみた。 
MP3が付いているのはPCに落とせないからと続けて聞けないからだろ
うと思った。

レコードの内周を使わないでいるので、片面2曲しか入っていない。だか
ら聞くほうも忙しい。

そして針を落として驚いた、びっくり、すごい・すごい。BOSSが
「CAN YOU HEAR ME?」と歌っている。 CDはそう問い
かけられて、「聞こえないよ」と思っていたものが、心に響いた。
「衝動」だ。

もう音楽は一つのメディアで語ることは不可能なのだろう。ここにもCD、
バイナル、MP3とその関連の仕方にグローバル性を感じずにいられなかった。

そして「衝動」は当たり前にもっとライブに行きたくなったのだ。

だから僕はライブで感じるEDGEYなエッセンスを少しCDに盛り込ん
でみようと思う。(実際に去年終盤からそうしている。)

そしてそれを聞いたオーディエンスが、またライブに行きたいと思う
「衝動」がCDの購買力の源であると信じたい。

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